カメラプロファイル(IDT)

IDTとは、カメラ独自の色空間をACESの共通色空間に変換するための手段です。IDTで変換を行うと、カメラに依存しない色空間となるので、ACESワークフローで映像制作を行うことができるようになります。

ACES準拠を表明しているカメラメーカーは、自社で設計したIDTを公開しています。これらを利用したソフトウエアも増えてきているので、利用されている方も多いと思います。


WonderLookProでは、これらメーカー提供のIDTも利用可能ですが、WOWOWが自らの計測により独自にカメラプロファイルを測定し、それに基づいて作成したIDTを利用可能としています。何故わざわざそのようなことをするのでしょうか。

一番の目的は、カメラマッチングの精度を向上するためです。メーカーが独自に作成すると、どうしてもメーカー間のばらつきが残ります。WOWOWが同一環境下で同一の方法で作成することにより、ばらつきの軽減が期待でき、カメラ間の誤差が少なくなります。また、そもそもIDTが提供されていないカメラもたくさんあります。そのようなカメラでもマルチカメラとして併用できるように独自に測定して、IDTのラインナップを揃えているわけです。

また、カメラ自体を測定しているため、カメラのダイナミックレンジの計測も同時に行われます。飽和するCV値など、撮影条件決定に有用な情報も得られます。


IDTとはどのようなものか

IDTはカメラのLogスペースからリニアに変換するトーンカーブの変換と、色空間の原色をカメラの原色からACESの原色に変換する原色変換、の2パートから構成されています。



Logのコードバリューをリニアに変換するトーンカーブ(通常はRGB共通)、Logの原色をACES原色に変換する3x3マトリクス、が最もシンプルなIDTの構成となります。

下記はCTLというスクリプト言語で書かれたIDTの一例です。(AMPASが提供しているARRI LogCのIDT)


float normalizedLogCToRelativeExposure(float x) {

       if (x > 0.149659)

               return (pow(10,(x - 0.385537) / 0.247189) - 0.052272) / 5.555556;

       else

               return (x - 0.092809) / 5.367650;

}


void main

(        input varying float rIn,

       input varying float gIn,

       input varying float bIn,

       input varying float aIn,

       output varying float rOut,

       output varying float gOut,

       output varying float bOut,

       output varying float aOut)

{


       float r_lin = "normalizedLogCToRelativeExposure(rIn);

       float g_lin = normalizedLogCToRelativeExposure(gIn);

       float b_lin = normalizedLogCToRelativeExposure(bIn);


       rOut = r_lin * 0.680206 + g_lin * 0.236137 + b_lin * 0.083658;

       gOut = r_lin * 0.085415 + g_lin * 1.017471 + b_lin * -0.102886;

       bOut = r_lin * 0.002057 + g_lin * -0.062563 + b_lin * 1.060506;

       aOut = 1.0;

}


最初にnormalizedLogCToRelativeExposureという関数でLogからリニアへの変換、最後に3x3マトリクスでACESへの変換を行っています。

IDTを作成するためには、この2つ、Logからリニアへの変換のトーンカーブ、およびACESへの変換の3x3マトリクス、を求める必要があります。


ただし、現実のカメラは、分光感度が理想的ではなく、誤差を持っているので3x3マトリクスだけでは正確なACESに戻すことはできません。より精度を高めるためにはもう一段の工夫が必要になります。



IDTの作成方法

WOWOWにおけるIDTの作成は、反射の少ない暗室下で、下記の機材等を用いて行っています。

用途

機種

画像

特徴

光源・積分球

Image Engineering

LE7-4x

最大4000lx. 22chの波長違いのLED光源を内蔵し、各種スペクトルを生成可能。

内部に測定器を持ち、自動でキャリブレーションを行うことができる。

ダイナミックレンジチャート

ARRI

Dynamic Range

Test Chart DRTC-1

40種のフィルターを装着可能なダイナミックレンジ計測専用チャート。

独自のフィルターを装着することで、17.8stopのレンジをワンショットで精度良く計測することができる。

カラーチャート

Image Engineering

TE-226

カラー36色、グレー9色の透過型カラーチャート。LE-7の制御も加えることで適性露出±2EV,4EVの計225色を計測しIDT用パラメーターを計算している。

画像キャプチャ

IS-100/ IS-miniX

カメラからの映像はHD-SDI, 3G-SDIのフレームをキャプチャすることで取得している。

必要な場合は、RAW現像のデータを用いてIDTを作成する場合もある。

機器制御・データ処理

CreateIDT

(カスタムメードソフトウエア)

IDT作成用に開発された専用ソフト。LE7、IS-100/IS-miniXの制御、キャプチャ画像および抽出されたデータの管理、IDTの計算およびCTL作成など、ワンストップでIDT作成が完了するように作成されている。



ダイナミックレンジ測定について

計測に使用しているパッチのデータを下記に示します。最大濃度5.33なので、17.77stopのレンジのダイナミックレンジをワンショットで測定できます。


Number

Density

EV

1

0.000

0.00

2

0.056

0.19

3

0.135

0.45

4

0.261

0.87

5

0.379

1.26

6

0.478

1.59

7

0.581

1.94

8

0.686

2.29

9

0.796

2.65

10

0.889

2.96

11

0.999

3.33

12

1.105

3.68

13

1.201

4.00

14

1.303

4.34

15

1.397

4.66

16

1.494

4.98

17

1.595

5.32

18

1.691

5.64

19

1.795

5.98

20

1.927

6.42

21

2.018

6.73

22

2.183

7.28

23

2.443

8.14

24

2.647

8.82

25

2.854

9.51

26

3.054

10.18

27

3.223

10.74

28

3.452

11.51

29

3.660

12.20

30

3.860

12.87

31

4.075

13.58

32

4.258

14.19

33

4.422

14.74

34

4.693

15.64

35

4.846

16.15

36

5.034

16.78

37

5.150

17.17

38

5.268

17.56

39

5.304

17.68

40

5.330

17.77



測定例として、SONY-F55のSLOG3モードを計測した生データを、SONYのホワイトペーパーによるSLOG3と合わせて示します。横軸がLogE、縦軸が10bitの出力値となります。赤い丸が40点の測定値、黄色の線がSLOG3計算値です。




このように、広ダイナミックレンジのカメラでも、ワンショットで精度良く階調特性を計測することができます。上記の測定例では、カメラの実測とSLOG3カーブが良く合致しており、カメラメーカー計測に近い精度が出せていると解釈できます。


マトリクスの求め方

ACESの標準的IDTは、Logをリニアに戻すトーンカーブと、原色をACESに変換する3x3マトリクス、の2つで構成されています。この構成であれば逆変換も容易なので、利便性にも優れていると言えます。

しかしながら、1つの3x3マトリクスでは、非線形な誤差は除去することができません。そこでWOWOWでは、色空間をいくつかに分割し、それぞれの領域で最適なマトリクスを求める、という方法で精度の高いIDTを作成しています。ただし、この方法でも完全ではなく、さらに安定的に精度を上げる手法を開発すべく、研究を重ねています。

左がSLOG3の原色、右がACESの原色のxy色度図上での位置を示しています。



カメラの分光感度に誤差がなく、カメラ内の計算に全く誤差がないとすると、


の計算式でACESの原色に変換することができます。



メーカー提供IDTとの比較

F-55 SLOG3/SGamut3

カラーチャートを使って、F-55のSLOG3/SGamut3で撮影した映像を、両者のIDTで処理を行い、比較してみます。

下記はWOWOWのIDTを使って処理を行った画像です。



F-55 SLOG3/SGAMUT3 + WOWOW's IDT + RRT/ODT



下記に、SONY提供のIDTを使って処理を行った画像および、WOWOWのIDTとの比較を示したベクトルスコープおよび色差を示します。


Image

Vector

deltaE

MakerのIDTで処理

3.13

ベクトルコープの矢印の先は、WOWOWのIDTの結果の場所を指しています。矢印が長いほど、両者の差が大きいことを意味します。

平均色差は、IDT処理後の色について、全40色の色の差を平均したものです。数値が小さいほど、両者の差が小さいことを意味します。


平均色差3.13は、それほど大きな差ではありませんが、ベクトルスコープで見ると、青、紫系の色の違いがやや大きくなっていることがわかります。

これは、どちらが良い悪いではなく、IDTの作り方によって、この程度の誤差が発生する、と理解することができます。


次に、Panasonic VaricamLTを使って比較してみます。比較対象は、F-55のWOWOW IDTを用います。


Image

Vector

deltaE

VaricamLT

WOWOW'sIDT

3.13

VaricamLT

Panasonic's IDT

9.06

平均色差で見ると、WOWOWのIDTを用いたものは、5.08、PanasonicのIDTを用いたものは9.06となっており、WOWOWのIDTの方が、F-55に近い結果になっていることがわかります。


次に、ARRIのAlexaMINIで比較を行ってみます。


Image

Vector

deltaE

AlexaMINI

WOWOW'sIDT

6.77

AlexaMINI

ARRI's IDT

7.58

平均色差で見ると、WOWOWのIDTを用いたものは、6.77、ARRIのIDTを用いたものは7.58となっており、WOWOWのIDTの方が、若干F-55に近い結果になっていますが、大きな違いはありません。ベクトルスコープで見ると、WOWOWのIDTは青、紫でやや誤差が大きいものがありますが、他の色はかなり誤差が少ないようです。一方のARRIのIDTで見ると、大きな誤差を持つ色はないものの、全体的に少しずつ誤差が大きくなっているようです。

なお、グレースケールについても比較を行いましたが、どちらのIDTを使っても、どのカメラを使用しても、十分な精度で一致していたことを付け加えておきます。


以上、WOWOWのIDTと、各メーカーのIDTの比較を行ってみました。結論としては、どちらを使っても大きな差があるわけではありませんが、WOWOWのIDTで統一することにより、メーカーの差を極力するなくすることができる、と言えると思います。WOWOWでは、今後も新しいカメラのIDTの提供を行っていくとともに、さらに精度の高いIDT作成方法の研究を進めます。